販売の仕事をしていて、初めて物事を逆の視点から見るようになった。
今までの僕は、「高そうなバッグだな」「太い喜平だな」「いい時計してるな」くらいだった。ところが、販売業に転職してある日ふと思った。
……なんか、チ◯ドン屋みたいだな。
いや、待て。これ、他人のことを笑ってる場合じゃない。僕自身もブランド品を持っている。
タグ・ホイヤーもある。
Ray-Banもある。
TOMMY HILFIGERなんか、かなり好きだ。
好きで買ったものだから、持っていること自体は悪いとは思わない。ただ、販売員として人を毎日見ていると、今までとは違うものが見えてきた。
「私は高級品を持っています」という名札
太い喜平。VUITTONのバッグ。高そうな時計。ブランドのロゴ。もちろん、本当に良いものなんだと思う。品質も歴史もある。そして、本人が好きで身につけているなら、それでいい。
さり気なく付けてる一点にはセンスを感じるし、大切に使っているならさらに品があるように思う。
でも、いろんなお客さんを見ていると、全部を一度に身につけている人がいる。
そこで僕は思った。「これ、めちゃくちゃ分かりやすい名札になってないか?」「私はお金を持っています」「私は高級品を買える人間です」「私はあなたたちとは違います」そういう情報が、本人が何も言わなくても全部こっちに伝わってくる。
もちろん、そんなセリフ言っていない。本人にそんな意図はないかもしれない。ただ、外から見るとそう見えることがある。
そして、さらに変なことを考えた。
「なんだか、ちょっと臆病にも見えるな」人間そのものではなく、ブランドという分かりやすい記号をたくさん身につけて、「これが僕です」と説明しているように見えるからだ。
ブランドもそうだが、さらに言うと人脈を伝えて来るお客さんもいる。「〇〇さん知ってる」「〇〇の本家だから」とかだ。だからと言ってお客さんはお客さんだったので、特別に扱うわけでもない。ただ、勧める商品は高級品になる。性質が不安そうだから高いもの程買う可能性が高いからだ。
そこに、世の中を自分だけで歩けない臆病さを感じてしまうのだ。
販売員だからこそ「浮いている」が分かる
僕もタグ・ホイヤーを持っている。Ray-Banも持っている。でも、全部を同時には身につけない。仕事中なんかはどれも付けない。
なぜか。どれだけ浮くか、自分で分かるから。
時計をつけて、サングラスをかけて、ブランドバッグを持って……。一個ずつなら何とも思わない。でも、全部乗せすると、「おいおい、どこに向かってるんだ俺」となる。
笑販売の仕事をしていると、人の視線や反応を毎日見る。だから、自分がどう見えているかも少し分かるようになった。
高級品が悪いんじゃない。高級品を身につけた自分が、どう見えているのか。そこを一度考えるようになった。
高級車も同じだった
高級車は好きだ。若い頃は特にお金を掛けていた。自己満だったけど、車をステータスアイテムだとマジで思っていた。
街で見かけたら、「おお、すげー」と思う。これは本当。ただ、不思議なことに、その車を運転している人の顔までは見ていない。車は見る。でも中の人はいちいち見ない。
「ゲレンデだよ!カッケー!」とはなる。確かに。ただ、「そして、あのゲレンデに乗ってる人が気になる!」とはならない。
これも販売の仕事をしていて気づいたことだ。「すごい車だな」で終わる。そして、その車が走り去ったら忘れる。
さらに冷静に考える。数年経てば型落ちになる。新型が出る。中古車になる。価値も下がる。もちろん車には実用性もあるし、趣味として乗るなら最高だと思う。でも、「この車に乗っている俺はスゴい」まで行ってしまうと、ちょっと話が変わってくる。
だって、俺たちはいったい誰を見ているんだ?車か?本人か?いや。車しか見てない。「〇〇自動車の宣伝マンか?」そう思ってしまう。
とてもコスパが良いとは思えない。
「高いもの」と「価値のあるもの」は違う
ここは勘違いしてほしくない。僕は高級品を否定しているわけじゃない。好きな時計を買えばいい。好きなバッグを買えばいい。好きな車に乗ればいい。僕だって、お金があれば欲しいものはある。ただ、今回気づいたのは、
「高いものを持っていること」と「その人自身の価値」は別物だということだった。
100万円のバッグを持っていても、その人の人間性が100万円になるわけじゃない。1000万円の車に乗っていても、その人の価値が1000万円になるわけでもない。逆もそう。安い服を着ているから、その人の価値が安いわけじゃない。
結局、最後に残るのは人間そのものだ。
だから僕は「全部乗せ」をやめようと思った
今回、一番面白かったのは、他人を見ていて、自分もそうならないようにしようと思ったこと。今までは、「金があるなら高級品を買えばいい」くらいに思っていた。でも、販売員という立場から逆方向に眺めてみたら、「ちょっと待てよ」となった。ブランド品を一つ身につける。それはいい。好きだから買う。それもいい。
でも、時計!バッグ!アクセサリー!車!全部!となった瞬間、「俺、何を証明したいんだ?」となる。
高級品を楽しむのではなく、高級品に自分を説明してもらっているように見えてしまう。それが、僕には少し寂しく見えた。

だから、僕はこれからも好きなものは買う。タグ・ホイヤーも使う。Ray-Banも使う。でも、全部は乗せない。ちょっと引き算する。そのほうが、たぶん自分自身がちゃんと見える。販売員になって、初めて分かった。街を歩く人を見ているつもりが、実は自分自身の見え方を教えてもらっていたのかもしれない。
■著者プロフィール ダボ猫
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