最近、僕は「これから日本の人は、どこに住むんだろう?」と考えることがあります。

人口が減る。
高齢化する。
働く人も減る。
一方で、道路、水道、橋、公共施設など、今まで日本中に張り巡らされてきたインフラは残ります。
ここに、ちょっとした問題があります。
人が減っても、道路や水道管は一緒に小さくなってくれない。これ、ものすごく重要な話じゃないでしょうか。
国土交通省も、人口減少や高齢化によって低密度な市街地が広がると、医療・福祉・商業などの生活サービスの維持が難しくなり、公共施設やインフラの維持更新費も増えることを課題として挙げています。
そこで進められているのが「コンパクト・プラス・ネットワーク」という考え方です。
つまり、「今まで通り、日本中どこでも同じように維持する」という考え方から、少しずつ変わっていく可能性がある。
僕はここから、自分なりに未来を考えてみました。
田舎だけの問題じゃない
人口減少というと、「田舎が過疎化する」というイメージがあります。もちろん、それは大きな問題です。でも僕は、都会も無傷ではないと思っています。
地方では、人が少ない地域に長い道路や水道管、公共交通を維持することが難しくなる。
僕が住んでいる地域でも、少し離れた僻地への食品は移動販売になり生活コストは上昇。最寄り駅の路線も一つ廃線になります。もう始まっています。
一方で都市部では、人口が多くても、巨大で複雑なインフラを大量に維持しなければならない。
どちらにも違う問題があるわけです。国交省のインフラ長寿命化に関する資料でも、老朽化したインフラの維持・更新費が大きな課題となっており、予防保全によってコストを抑える方向が示されています。高度経済成長に開発が進んだおよそ50年前に建造したインフラを、少ない人口で支えるとなると、地域選定は不可避です。
だから僕は、「田舎だから危ない」とも、「都会だから安心」とも思っていません。大事なのは、その街が、これからどういう形で維持されるのか。ここじゃないでしょうか。
人口が減るなら「集まる場所」が出てくる
ここからはダボ猫の仮説です。日本の人口が減っていくなら、すべての場所に今までと同じようにお金をかけ続けるのは難しい。だったら、人もサービスもある程度まとまっていく。僕はこれが自然な流れだと思っています。
実際、国も「コンパクト・プラス・ネットワーク」という考え方で、医療・福祉・商業などの都市機能を中心拠点や生活拠点に集約し、公共交通と組み合わせる方向を示しています。つまり、「人を集める場所」には理由がある。駅。病院。学校。商業施設。行政機能。道路。公共交通。こういうものが一定の範囲にまとまっている場所です。
僕が注目するのは「地方の中間都市」
僕は東京一極集中だけが答えになるとは思っていません。かといって、完全な山間部に移住するのが正解とも思いません。そこで僕が気になっているのが、地方の中間都市+その周辺。いわゆる「トカイナカ」です。
僕の中でのトカイナカは、「都会だけど自然があります」という意味ではありません。もっと現実的です。
僕が考えるトカイナカ基幹
駅がある
総合病院などの医療機能がある
幼稚園、学習塾、高校、専門学校、大学、などの教育機関がある
スーパーなど日常の買い物ができる
車でも公共交通でも移動できる
行政機能が集まっている
少し離れると農地や自然がある
水や食料など、都市以外の選択肢も持てる
つまり、「都市の便利さ」と「田舎の余白」の間。ここです。
では、どうやって「残る街」を見るのか?
僕なら、人口ランキングだけでは見ません。むしろ、「行政がどこにお金を使っているか」を見ます。
例えば、駅前の歩道が広がっている。道路が整備される。電線が地中化される。駅周辺に公共施設が集まる。病院や学校へのアクセスが改善される。公共交通との接続が強化される。こういう変化です。
もちろん、「歩道が広くなった=地価が絶対上がる」ではありません。そんな単純な話ではない。でも、「この地域を今後も拠点として使っていく意思があるのかな?」と考える材料にはなる。国交省の現在の施策を見ても、拠点エリアの魅力向上や、都市機能誘導区域への集中的な支援など、「拠点に機能を集める」方向性は明確に存在しています。
だから僕は、街を歩くとき、「ここ、きれいになったな」だけでは終わらせない。「なんで、ここに金を使っているんだ?」と考えてみる。これが結構面白い。
そして「移動できること」が資産になる
ここは僕自身、かなり重要だと思っています。これから先、どの街が勝つかを100%当てることなんてできません。だから、一つの土地に人生全部を賭けない。これも立派な戦略です。賃貸なら、街の状況が変わったときに移動できます。仕事が変わった。子どもの進学先が変わった。病院が必要になった。交通が変わった。生活費が上がった。そうなったら住む場所を変える。
所有には所有のメリットがありますが、人口減少時代には「売りたいときに売れない」というリスクもあります。だから僕は、「所有すること」だけが資産形成ではないと思っています。「逃げられること」も資産です。
それでも「土地を持つ」なら、場所を見る
じゃあ土地はいらないのか?僕はそうも思いません。もし、「駅や都市機能に近い」かつ「自然や農地などにもアクセスできる」という場所を、無理のない価格で持てるなら、それは面白い。中古物件を得るなら、古い代わりに大きなリスクを手放せるメリットもある。
特に、自分の場合は相続や譲渡などで取得できる土地がある。だったら、「無理に売る必要があるのか?」と考えます。もちろん固定資産税や管理費、災害リスクなどはあります。だから、「土地なら何でも持て」ではありません。ここは重要です。
僕が言いたいのは、都市の拠点と、自然側の選択肢。この2つを持てるなら、将来の選択肢が増えるんじゃないか?という話です。
僕が考える「二段構え」
ここまで考えて、僕自身の理想を整理するとこうなります。
① 普段は拠点都市
駅、病院、学校、買い物、仕事。生活に必要なものが近い。ここで普通に暮らす。
② もう一つのカードを持つ
少し離れたところに、地産できている農地。自然。ダムなどの水。、自然のインフラ。そういうものがある。普段は使わなくてもいい。でも、将来の選択肢として残しておく。これです。
僕はこれを、「二段構え」と呼んでいます。別に世の中が崩壊すると思っているわけじゃありません。そんな未来を予言できるほど、僕は偉くありません(笑)。
ただ、人口が減ることは分かっている。そして、インフラを維持するコストが問題になることも分かっている。
ならば、「そのとき、自分たちはどこで暮らす?」を今から考えておいても損はないと思うんです。
15年後を考えてみる
僕はよく「15年」という時間で考えます。15年あれば、今の子どもが大人になります。親世代は高齢者になります。今ある道路や橋もさらに古くなる。今ある駅や病院の役割も変わる。そして、今は当たり前に存在している店や公共交通がなくなっている可能性もあります。
だから15年後を、「今の街がそのまま存在している」という前提で考えない。むしろ、「人口が減った日本が、どこに機能を残そうとするのか?」と考える。
この視点で街を見ると、今までとは違った景色が見えてきます。
まとめ――未来を当てるんじゃない。選択肢を残す
僕は、「この土地を買えば儲かります!」と言いたいわけではありません。そんなこと、誰にも分かりません。ましてや人口減少社会です。不動産だって当然、外れることがあります。僕が考えているのはもっと地味です。人が減るなら、人が集まる場所が出てくる。インフラを維持するなら、維持しやすい場所が選ばれる。だったら、その兆候を生活者目線で観察してみよう。そして、自分や家族については、「一つの場所に全部を賭けない」という選択肢を持っておく。普段は便利な場所。少し離れたところには自然や農作物。そして、必要になったら動ける。これなら、何が起きても多少はユックリと構えていられるんじゃないでしょうか。日本の未来を正確に当てることなんて、ダボ猫にはできません。でも、「未来がどう転んでも、選択肢を残しておく」ことならできる。
資産形成も、住む場所も、人生も。僕は結局、これが一番強いんじゃないかと思っています。今日もダボ猫は、チャートだけじゃなく街の景色も眺めながら、考えております。
■著者プロフィール ダボ猫
※この記事は、人口減少・インフラ維持・都市構造の変化について、公開情報とダボ猫自身の生活者目線から考えたものです。特定の地域の地価上昇や将来の移住を保証するものではありません。土地・不動産を検討する場合は、人口動態、ハザードマップ、都市計画、交通、医療、税負担などを個別に確認してください。

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