人と比べて、「なんで自分はこんなに上手くいかないんだろう」と思うことがあります。

仕事では同期に先を越され、収入でも負けている。家庭も、自分だけ何かが上手くいっていないように感じる。

SNSを見れば、楽しそうな人、成功している人、幸せそうな家族ばかりが目に入る。

そんなとき、ふと思うんです。

隣の芝生は青い

でも、最近になって少し分かってきました。

芝生が青いんじゃない。光の当たり方が違うだけなのかもしれない。

20年以上付き合っている友人と食事をした

昨日、20年以上付き合いのある友人と飯を食べました。彼とは前職の大手製造業に同期入社した仲で、年齢も同じ。メシ、酒、ツーリングと色んなところへ彼と出かけました。

入社してから彼は順調に昇進していきました。社会的にも、それなりの地位を築いている。僕から見れば、正直うらやましい人です。一方の僕は、昇進もそれほど上手くいかなかった。会社の中で少し階層を上がったくらいで退職し、その後は販売業へ。自分でも、「俺は何やってんだろうな」と思うことがあります。同じ会社に入った同期なのに、ずいぶん違う人生になった。だから僕から見れば、彼の人生の芝生は青く見えていたわけです。

ところが昨日。彼が僕に言いました。「ダボ猫君がうらやましい」

僕が羨ましかったものを、彼も羨ましがっていた

僕には3人の子どもがいます。上の子は理学療法士。真ん中の子も教職員として頑張っている。末っ子も、来年には大学生になる。そして、ありがたいことに奥さんとも仲がいい。彼は、そこを羨ましいと言いました。

「家族が上手くいっているのが羨ましい」そう言われて、少し驚きました。

詳しく話を聞くと、彼の家庭では奥さんから別れたいと言われている。子どもさんも専門学校を辞め、その後しばらく働いていないという。僕が羨ましいと思っていた彼の人生にも、僕には見えていなかった問題があった。そこで、なんだかお互いが可笑しくなって笑いあってしまいました。お互いに、隣の芝生を見て「青いな」と思っていた。でも、相手の芝生に立ってみれば、そこにも枯れている場所があった。

人生は「上手くいっている部分」だけでは決まらない

考えてみれば当たり前なんですよね。仕事が上手くいっている人にも、家庭の悩みがあるかもしれない。お金を持っている人にも、お金では解決できない問題があるかもしれない。家庭が円満な人にも、仕事では悩みがあるかもしれない。健康そうに見える人にも、本人にしか分からない不安がある。

つまり、人間は「上手くいっている部分」と「上手くいっていない部分」を抱えて生きている。それなのに僕たちは、他人の「上手くいっている部分」と、自分の「上手くいっていない部分」を比較してしまう。そりゃあ、負けたような気持ちになります。

「キツいのは自分だけじゃない」と分かるだけで救われる

僕自身、生きていて何度もあります。仕事が上手くいかない。将来が不安。自分だけ取り残されているような気がする。そんな時期があります。そして、そういうときに誰かと話して、「なんだ。みんな色々あるんだな」と分かった瞬間、不思議と少し楽になる。問題そのものが解決したわけではありません。借金が消えたわけでもない。仕事が急に上手くいくわけでもない。家庭の問題が一瞬で解決するわけでもない。それでも、精神的なモチベーションが息切れしていたところに、もう一度空気が入ってくるような感覚があります。「自分だけじゃない」と分かる。それだけで、明日を迎える準備ができる。

僕はこれも、人生において結構大切なことなんじゃないかと思っています。

幸せは「増やす」だけじゃなく「数え直す」ものかもしれない

僕たちは、足りないものを探すのが得意です。もっと給料が欲しい。もっと良い家に住みたい。もっと評価されたい。もっと自由になりたい。もっと幸せになりたい。でも、時々立ち止まって、「今、自分には何があるんだろう?」と数え直してみる。

子どもが元気に育っている。一緒に飯を食える家族がいる。くだらない話ができる友達がいる。今日も飯が食えた。明日もたぶん生きていける。

こういうものを一つずつ確認していく。それは、問題から目を背けることではありません。むしろ、「全部ダメ」だと思っていた人生の中から、「ここはちゃんと上手くできている」と再発見する作業なんだと思います。

全部が上手くいった人生なんて、たぶん気持ち悪い

僕も、上手くいかなかったことはたくさんあります。仕事もそう。人生設計もそう。「あのとき、もっと上手くやれたんじゃないか」と思うこともあります。でも、全部が上手くいっていたら、それはそれで気持ち悪い。仕事も大成功。お金も十分。家庭も完璧。子どもも全員順調。健康も問題なし。人間関係も完璧。そんな人生、どこにあるんでしょう。たぶんありません。人生って、上手くいっている部分と、上手くいっていない部分の寄せ集めなんですよね。だから、自分の人生の一部分だけを切り取って、「俺はダメだ」と決めなくてもいい。

隣の芝生は、光の加減で青く見えているだけ

昨日の友人との食事で、それを改めて感じました。僕から見れば、彼は社会的に成功している。彼から見れば、僕は家庭を大切にして幸せに暮らしている。でも、実際にはどちらも完璧ではない。ただ、お互いに相手の「上手くいっている部分」に光が当たって見えていただけだった。これが分かると、少し安心します。「あの人は全部上手くいっている」ではない。「あの人にも、見えていないところに色々ある」ということです。

だから、今あなたが誰かと自分を比べて、「自分だけ上手くいっていない」と思っているなら。少しだけ立ち止まってみてください。あなたの人生にも、ちゃんと青い芝生があるはずです。ただ今は、そこに光が当たっていないだけかもしれません。今、人生が上手くいっていない人へ偉そうなことを言うつもりはありません。僕自身、何度も転んできました。だからこそ、今しんどい人には、「まぁ、長く生きてる奴が何か言ってるな」くらいの気持ちで聞いてもらえたら十分です。

今の問題が、これを読んだだけで解決するわけではありません。明日になったら、また嫌なことがあるかもしれない。それでも、「全部が上手くいっていないわけじゃない」と思えたら、それでいい。今日はそれだけ確認して、また明日を迎えればいい。人生なんて、その繰り返しなのかもしれません。隣の芝生は青く見える。でもその青さは、芝生そのものではなく、光の加減で青く見えているだけなのかもしれません。そして、自分の芝生にもちゃんと光が当たる瞬間があります。その瞬間を、見逃さないようにしたいものです。

ダボ猫チャート

■著者プロフィール ダボ猫

大手製造業で約19年間勤務した後、販売業へ転職したアラフィフです。投資・資産形成を中心に、仕事、家族、お金、暮らし、そして人生について、自分自身の経験をもとに書いています。立派な成功談ではありません。むしろ、上手くいかなかったことのほうが多い人生です。だからこそ、同じように悩んでいる人が「まあ、もう少しやってみるか」と思える記事を書けたらと思っています。

少額投資から人生の失敗談まで。ダボ猫チャートは、普通の人間が普通に生きながら、少しだけ人生を楽にする方法を考えるブログです。

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