「ギバー」「マッチャー」「テイカー」とは?

人との付き合い方を、大きく3つのタイプに分けて考えるものです。

もちろん、人間を3種類にきれいに分類できるわけではありません。僕自身も、相手や状況によって変わります。でも、この考え方を知ると、「そういえば、あの人って……」と、ちょっと周りの人間関係が違って見えてきます。

そして、さらに気になったことがあります。もし、自分の周りからテイカーがいなくなったら、残った人たちはどうなるんでしょう?

今回はそこを、研究も見ながら考えてみます。

そもそもギバー・マッチャー・テイカーとは?

まずは簡単に説明します。

ギバー

文字どおり、与える人です。「困っているなら手伝おう」「自分ができることならやってあげよう」というように、自分から相手に何かを与えることを比較的重視するタイプ。もちろん、何でもタダでやる人という意味ではありません。知識を教える。仕事を手伝う。相談に乗る。相手のために時間を使う。こうした行動も「与える」に含まれます。

マッチャー

マッチャーは、ギブ&テイクのバランスを重視する人です。「自分も助けるから、相手にも助けてもらいたい」「今回は自分がやったから、次はあなたにもお願いね」という感覚です。日本人の感覚だと、かなり分かりやすいかもしれません。お歳暮、お返し、結婚式のお祝いなども、広い意味では「返す」という文化があります。マッチャーは、一方的に与え続けるのも嫌だし、一方的にもらい続けるのも嫌。というタイプです。

テイカー

そしてテイカー。これは、自分が得ることを比較的重視する人です。「自分にとってメリットがあるか?」「この人から何が得られるか?」という視点が強くなります。もちろん、これも「悪人」という意味ではありません。誰だって、自分の利益を考えることはあります。問題は、その傾向が強くなったときです。自分は助けてもらう。自分は情報をもらう。自分はお願いする。でも、相手が困っていても、自分からはあまり返さない。そうなると、周囲から見れば、「この人、いつももらう側じゃない?」となってきます。

テイカーがいると、周囲はどうなる?

ここが今回、僕が気になったところです。

「テイカーって、周りから嫌われるの?」

これについては、実際に研究があります。ドイツのオンラインパネル調査では、1,500人以上を対象に「Give & Take」の傾向を調べ、テイカー傾向の人は、公共財への資源提供や情報共有が少ない傾向を示しました。特に重要な情報の共有でも差が確認されています。

つまり、「人から何かをもらうこと」と「自分から何かを提供すること」には、実際に個人差がある。ということです。

さらに別の研究では、16,000人を超える公的部門の職業人を対象に、ギバー・マッチャー・テイカーという互恵性のスタイルと、仕事への満足度やモチベーションについて調べています。

そこで興味深かったのが、テイカーがいる・いないという環境そのものが、周囲のモチベーションに関係する可能性です。

研究では、テイカーが離れた場合には周囲の期待されるモチベーションが上がり、逆にギバーが加わる場合には周囲の期待されるモチベーションが上がるという結果が報告されています。

もちろん、この研究だけで、「テイカーを追い出せば職場が幸せになる!」なんて結論にはできません。研究には研究の条件があります。ただ、「周囲にいる人間が、他人のモチベーションに影響する」というのは、なんとなく僕たちにも分かる話ではないでしょうか。

「あの人がいなくなったら、なんか楽になった」これ、ありませんか?会社を辞めた人。異動した人。付き合わなくなった友人。昔は頻繁に会っていたけど、今は連絡を取らなくなった人。そして、しばらく経ってから、「あれ?なんか人間関係が楽になったな」と感じる。

別に、その人が悪人だったわけではない。ケンカしたわけでもない。ただ、「この人とは、付き合っていても自分ばかり疲れるな」という関係だった。人間関係って、こういうことが意外とあります。

ただし「テイカー=孤独になる」ではない

ここは大事です。テイカーについて研究があるからといって、「テイカーは将来、孤独になる」とまでは言えません。僕が調べた範囲では、「ギバー・マッチャー・テイカーに分類した人を何十年も追跡して、老後に誰が孤独になったのか」という直接的な研究は確認できませんでした。

一方で、長期的な人間関係については別の研究があります。

たとえば、ドイツの夫婦7,293組を13年間追跡した研究では、相手からの直接的な見返りを期待する「交換志向」が強くなることが、その後の夫婦関係の満足度低下と関連していました。

つまり、「人間関係をどのように捉えるか」が、長期的な関係に関係する可能性は研究されています。

ただし、これも「テイカーだから孤独になる」という証明ではありません。ここは分けて考えたほうがいい。

人間関係は、年齢とともに変わっていく

僕は48歳になって、これをかなり感じます。20代。30代。40代。そして50代目前。付き合う人が、少しずつ変わってきました。

昔は、「知り合いだから」「同じ会社だから」「昔からの付き合いだから」という理由だけで付き合っていた人もいました。でも年齢を重ねると、「この人とは、これからも付き合っていきたいか?」を自然と考えるようになる。

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これは僕だけの話でもありません。成人期の社会的ネットワークを調べた大規模なメタ分析では、成人期を通じて友人関係などのネットワーク規模が縮小する傾向が報告されています。

もちろん、人間関係が減ること自体が悪いわけではありません。むしろ、数を減らして、本当に大切な関係に時間を使う。そういう変化とも考えられます。

じゃあ、テイカーはどうなる?

ここからは僕の仮説です。人間関係って、一回の出来事で突然決まるものではないと思うんです。「ありがとう」が一回。「助かった」が一回。「今度は僕がやるよ」が一回。こういう小さなやり取りが、何年も積み重なっていく。

逆もあります。お願いする。助けてもらう。情報をもらう。でも、こちらからは何もしない。これも一回なら、誰だってあります。

でも、それが何年も続いたら?周りの人から、「この人とは付き合っても、こっちには何も返ってこない」と思われる可能性はあります。

すると、相手から少しずつ連絡が減る。誘われなくなる。相談されなくなる。そして、気がついたら人間関係が薄くなっている。これは「テイカーだから必ずそうなる」という話ではありません。

ただ、人間関係にも、長い時間をかけた積み重ねがある。僕はそう考えています。

そして、ちょっと怖いこと

ここまで読んで、「テイカーって嫌な奴だな」と思った人。ちょっと待ってください。もしかすると、一番面白いところはそこじゃない。

僕が気になるのは、そのテイカー本人は、自分がテイカーだと知っているのか?ということです。研究者は、質問項目や行動データなどから人の傾向を分類します。でも、本人が、「私はテイカーです」と思いながら生活しているとは限りません。

むしろ、「俺は普通に人付き合いしている」と思っている可能性だってあります。

「自分は普通」の中身は、人によって違う

これ、ギバーにもマッチャーにも言えると思います。ギバー本人は、「別に普通にやってるだけ」と思っているかもしれない。マッチャーは、「お互い様でしょ」と思っている。テイカーは、「困ったときはお互い助け合えばいいじゃん」と思っている。

ところが、周囲から見ると、「いや、いつも助けてもらってるのそっちだけじゃん」となることもある。

つまり、自分の人間関係に対する自己評価と、周囲から見た評価は一致するとは限らない。ここが面白いところです。

僕たちは、自分が何者なのか意外と知らない

投資でも同じです。自分では、「俺は長期投資家だ」と思っていたのに、相場が下がった瞬間に売ってしまう。「俺は節約家だ」と思っていたのに、毎月なんとなく使っている固定費がある。「俺は人付き合いを大切にしている」と思っていたのに、振り返ってみたら、いつも誰かに助けてもらっていた。

人間、自分のことって案外分かりません。だからこそ、こういう研究は面白い。「あなたはテイカーです」と言われたら、「えっ、俺が?」となる人もいるかもしれません。

まとめ

ギバー・マッチャー・テイカー。ざっくり言えば、ギバー=与えることを重視するマッチャー=与える・受け取るバランスを重視するテイカー=自分が得ることを重視するという考え方です。

研究では、こうした互恵性のスタイルと、情報共有や周囲のモチベーション、長期的な人間関係などとの関連が調べられています。ただし、「テイカー=悪人」でもなければ、「テイカー=将来孤独になる」という証明でもありません。そこは研究と僕の想像を混ぜないようにしたい。

ただ、長い人生を考えると、「自分は周りの人に何を与えてきただろう?」と一度くらい考えてみてもいいのかもしれません。

そして最後に。

研究者にテイカーとして分類された人たち。自分がテイカーに分類されていたこと、知ってたんでしょうか?「いやいや、俺は普通だろ!」とか言ってたりして。笑……もしかすると、一番自分のことが見えていないのは、自分自身なのかもしれません。

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